離脱

思ったことを書いてそのあと取りまとめます。

政治に熱いとか冗談では?

今時の若者は政治について話をしないなんて説教しているのをこの前見たが。引き合いに出されていたのは、60年代末の学生運動で、あの頃はみんな熱かったということだった。

わが母校でもそれなりに学生運動が盛んであったという。大学生の頃、母校の学生運動に関する当時の新聞記事や学生運動に関する文献をひたすら読んだことがあった。なぜこんなことをしたかと言えば、その当時ぼくは人が信念に基づいて行動するということがどういうことかを知りたかったからである……と言うか今でも知りたいと思っている。結局この行動は何ら成果を見せず終わってしまった。何も具体的に得るものはなかった。

ただ結局ぼくの中に残った印象は、当時の運動に加わった人の多くが信念を持っていなかったのではないか、世間的な熱に浮かされただけで何となく動いていただけではないかというものであった。裏で某党が介入していたことも文献として残っていたように思う。

当時の学生にとっては活動の理由足りうるものが現実のものとして感覚されていたとは思うが、それはぼくにはわからない。ただただ周りに煽られて幻影を見せられていただけなんじゃないかと思う。そこには周りに合わせようとする程度の信念だけがあり、大学のあり方について本気で考えていた人がどれくらいいたのか甚だ疑問である。

そもそもよく考えたら60年代末の学生運動は大学の自治に関わるものであって安保闘争とは大きく趣旨がことなる。それを政治的なものかと言われると微妙な気がする。そこを取り違える時点でなんか間違っている。

という事でいまの若者が政治について話をしないという指摘に対して否定はしないけれど、学生運動に加わっていた若者が今の若者より政治に対する熱量を持っていたと言われると、それは違うんじゃないかと言いたくもなる。今も昔も周囲に合わせているだけ。